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広島地方裁判所 昭和43年(モ)368号 判決

債権者 有賀栄一

右訴訟代理人弁護士 松家里明

同 荻原静夫

債務者 丸井産業有限会社

右代表者代表取締役 下瀬福衛

〈ほか一名〉

各両名訴訟代理人弁護士 猪股正哉

同 羽柴隆

同 加藤公敏

主文

債権者と債務者等との間の当庁昭和四三年(ヨ)第一四七号仮処分申請事件について、当裁判所が昭和四三年三月七日になした仮処分決定はこれを取消す。

債権者の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

第一項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、① 債権者が実用新案登録第八三四八三〇号「鉄筋用スペーサー」の実用新案権を有し、その登録請求の範囲は「別紙第一図に示すとおり、円形体の中心部に凹状くぼみ(4)をもつ鉄筋嵌着部(1)を幅広く設け、導入部(2)に連なる一定半径の周縁(3)によって形成された紙パルプ成型又は合成樹脂成型鉄筋用スペーサーの構造、」であること。

② 債務者等は昭和四二年一〇月頃より業として別紙第二図記載のポリドーナツと称する鉄筋用スペーサー即ち(イ)号物件を製造し拡布していること。

③ 本件考案の目的は、鉄筋コンクリート構造物において、使用される鉄筋の太さ、硬度、量と共に、配筋位置の適・不適が構造物の強度について重要な関係を有するため、コンクリート充填前に構造強度計算に基いて算出配置された鉄筋の位置が、コンクリート充填によって歪曲、偏位することを避けるための手段を提供する点にあること。

④ 而して本件考案の技術的範囲を構成する要件として、

(ⅰ) 軽量で弾性を応用するため、合成樹脂を素材とする円形体の中心部に鉄筋を嵌着するための嵌着部(1)を設けること。

(ⅱ) 鉄筋を嵌着部(1)に導入するため、円形体の外側から中心部に向い、嵌着部に接する部分で狭窄されるように導入部(2)を設け、一旦嵌着された鉄筋から脱落することを防止するため、右狭窄部分の開口を嵌着される鉄筋の直径よりも小さくすること。

(ⅲ) 嵌着された鉄筋が、歪曲、偏位せず、一定のコンクリート被覆厚を保つことができるよう導入部(2)に連なるコンクリート被覆厚と同一半径の周縁(3)を形成すること。

の三点を含むものであること。

⑤ (イ)号物件を本件考案と対比すると、右三要件に対応する

(ⅰ) 合成樹脂を素材とする円形体の中心部に鉄筋を嵌着するための嵌着部(1)'を設けた鉄筋用スペーサーであること。

(ⅱ) 鉄筋を嵌着部(1)'に導入するため、円形体の外側から中心部に向い、嵌着部に接する部分で狭窄されるように導入部(2)'を設け、一旦嵌着された鉄筋から脱落することを防止するため、右狭窄部分の開口を嵌着される鉄筋の直径より小さくしていること。

(ⅲ) 嵌着された鉄筋が歪曲、偏位せず、一定のコンクリート被覆厚を保つことができるよう導入部(2)'に連なるコンクリート被覆厚と同一半径の周縁(3)'を形成していること。

の三要件を具備していること。

以上の事実は当事者間に争いがない。

二、債権者は、本件考案の技術的範囲を構成する要件として、前記三要件の外

(ⅳ) 導入部の狭窄部分の開口から鉄筋を導入することを可能且つ容易にするため、嵌着部(1)に凹状のくぼみ(4)を設けること。

の要件をも含み、その作用効果は素材自体の弾性と凹状くぼみ(4)の存在によって鉄筋の嵌着時に狭窄部分が押し拡げられ、鉄筋嵌着後に素材の弾性によってこれが復元し鉄筋への嵌着を一層確実にするバネの作用をするものであるところ、(イ)号物件の狭窄部分の両側の深い凹状くぼみ(4)'が、右本件考案の凹状くぼみ(4)に該当する、と主張するのでこの点につき検討する。

(一)  まず本件考案における凹状くぼみの重要性についてみることにする。

実用新案権における考案の技術的範囲は、実用新案登録出願の際、願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づき定められるべきことは勿論であるが、その解釈に当っては、右明細書にあらわれた考案の目的、作用効果の記載、実施例図面等を参酌し、一方できる限り公知の技術や先願の考案と牴触しないよう解釈すべきものと解されるところ、≪証拠省略≫によれば、本件実用新案登録出願当時、鉄筋コンクリート構造物において、コンクリート型枠に対する鉄筋の間隔を定めるため、配筋された鉄筋に円形又は多辺形のスペーサーを嵌めこむこと、及びスペーサーの素材として弾性的素材を用い且つ円形体(又は多辺形体―以下同じ)の中心部に鉄筋嵌着部を設け、円形体周縁から鉄筋嵌着部に連る導入部を形成すること、は公知の技術ないし先願の考案であったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

又≪証拠省略≫によれば、本件実用新案権は、昭和三九年九月三日に前記の如き公知ないし先願の考案に加えて「嵌着部に凹状くぼみを設けることによって素材自体の弾性に加えて嵌着時の狭窄部分を押し開くことを容易にする」考案として出願され、且つその添付の実施例図面によれば円形体中心部(嵌着部)のうち鉄筋導入部に対向する部分に一つの凹状くぼみが設けられていること、次に昭和四〇年三月八日付手続補正書により、右凹状くぼみの効果として「素材自体の弾性に加えて嵌着時の狭窄部分の開閉を容易にし、鉄筋への嵌着を一層確実にするバネの作用をなす」ものと改められ、実施例図面にも鉄筋嵌着部に四個の切り割りをもつ例図が加えられたが、凹状くぼみはいぜんとして鉄筋導入部に対向する部分に一つ設けられているにすぎないこと、更に昭和四一年五月一八日付手続補正書により、はじめて実施例図の凹状くぼみが鉄筋導入部に対抗する部分の外右導入部の両側に二つ追加され、本件実用新案の明細書(公報)添付の実施例図と同様になったこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

これらの事実によれば、本件実用新案権が新規且つ進歩性を有する考案として登録を認められたのは、正に鉄筋嵌着部における凹状くぼみの存在のゆえに外ならず、右凹状くぼみの存在は本件考案の必須不可欠の構成要件であると解するを相当とする。

(二)  そこで次に本件考案における右凹状くぼみがいかなる作用効果をもつものであるかにつき検討する。

≪証拠省略≫によれば本件実用新案の明細書(公報)に「嵌着部(1)に設けられた凹状くぼみ(4)は素材自体の弾性に加えて嵌着時の狭窄部分の開閉を容易にし鉄筋への嵌着を一層確実にするバネの作用をなす」との記載があることが認められ、右記載によれば、本件考案においてはスペーサーの素材全体に弾性があり、スペーサーを鉄筋に嵌着する際、まず素材全体の弾性のみによって導入部(2)の狭窄部分を拡げることができ、スペーサーが鉄筋に嵌まると素材全体の弾性によって変形したスペーサーの形状が復元して、鉄筋を締めつける作用効果をもたらすことを当然の前提としており、凹状くぼみ(4)はこれを鉄筋嵌着部に設けることによって素材全体の弾性に基づく前記機能を一層良好にする作用効果を有するものであると解するのが相当である。これを前記認定の本件実用新案登録出願の査定経過に照らして考えると、当初の出願における一つの凹状くぼみは鉄筋嵌着部(1)の内周縁のうち、導入部(2)に対向する部分に設けられており、鉄筋を嵌着部へ導入するときはまずスペーサーの素材全体の弾性により導入部(2)の狭窄部が押し拡げられるが、その際、右凹状くぼみも同時に押し拡げられてスペーサー全体の変形を助長する作用をなし、導入部が一層拡がり易くなり、鉄筋嵌着後は右凹状くぼみが変形したスペーサー全体の形状の復元を助長して鉄筋を締めつける作用をなすものと解される。而して、右作用は凹状くぼみが導入部の対向部分に設けられていることにより最も効果的である。

もっともその後手続補正書において、右凹状くぼみは、導入部の狭窄部分の両側に二つ追加されていることは前記認定のとおりであるが、前掲証拠によれば、本件実用新案権は、当初の出願の日である昭和三九年九月三日をもってその出願日として登録されていることが認められ、出願人の意思及び特許庁審査官の意思も考案の要旨の変更はないものとして登録されたものであるから、右認定の凹状くぼみに関する技術思想は、再度にわたる手続補正書による凹状くぼみの追加によっても何ら変更されるものではなく、追加された凹状くぼみもまた、導入部に対向する部分に設けられた凹状くぼみと同様の作用効果を有すると解され、仮に追加された凹状くぼみが新らたな作用効果をも有するものであるとしても、従来の凹状くぼみの有する前記の作用効果を維持する範囲でのみしか意味をもちえないものと解すべきである。

もっとも「最初に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内において登録請求の範囲を増減或いは変更する補正は要旨の変更とはみなされず」、且つ本件明細書中実用新案登録請求の範囲の項には、最初より単に「嵌着部に凹状くぼみを設ける」とのみあってその数や位置に触れていないけれども、最初の図面記載の凹状くぼみの有する作用効果と異る作用効果をもつ凹状くぼみは、もはや前者と同質のものとはいえず、前者の有しない作用効果をもってその技術的範囲に属すると主張することは、もはや最初に添付された明細書に記載した事項の範囲内にあるとはいえないから、その理は同様であると解する。

(三)  そこで債務者等の(イ)号物件が右認定の如き作用効果を有する凹状くぼみを備えているか否かについて検討する。

債務者等の製品即ち(イ)号物件であることにつき争いのない検甲第一号証によれば、右(イ)号物件には鉄筋嵌着部(1)'内周面のうち導入孔(2)'に対向する部分に凹状くぼみはないが、導入孔(2)'の狭窄部両側壁板(5)'に接して嵌着部(1)'の内周面に連絡する間隙(4)'が存在することを認めることができる。そこで右間隙(4)'についてみるに、その底部(側壁板(5)'と側壁との架橋部)より外周方向においては、導入孔(2)'の口径が嵌着部(1)'の直径と殆んど等しいかそれより大であるので、スペーサーを鉄筋に嵌着する際における鉄筋の導入孔(2)'に対する押圧力は右架橋部より外周方向においては殆んど働かず、鉄筋が右架橋部より内方に入ってから鉄筋による押圧力が作用するにすぎず、この際、側壁板(5)'は両側に押し拡げられ、従って両側間隙(4)'は逆に狭くなることによって鉄筋の導入を容易にし鉄筋の嵌着により右変形した側壁板(5)'は復元し、右間隙が拡大して鉄筋の嵌着を確実にする作用をなすものと認められる。即ち本件考案が素材全体の弾性変形による導入部の開閉という技術思想によるものであり、従って本件考案の凹状くぼみ(4)もそのような作用効果をもつものであるのに対して、(イ)号物件は素材全体は変形せずに側壁板(5)'のみの部分変形によって所期の目的を達しようとするものであり、(イ)号物件の間隙(4)'は前記認定の如き本件考案における凹状くぼみ(4)の有する作用効果を有しないものであるから、凹状くぼみにはあたらないものと認めるを相当とする。

(四)  しかりとすれば、(イ)号物件は本件実用新案の必須要件の一を欠くことになり、他の要件の具備の有無にかかわらず本件実用新案の技術的範囲に属しないというべきである。

三、以上のとおりであって、甲第八号証によるも債権者主張の本件考案と(イ)号物件の技術的範囲の同一性を認めるに足らず、その他本件全証拠によるも右事実を認めるに足りない。そうすると結局、債権者の本件仮処分申請はその被保全権利につき疎明なきに帰し、その余の点につき判断するまでもなく、その理由がないことになるので、先に債権者の申請を容れてなした前掲仮処分決定はこれを取消し、本件仮処分申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 淵上勤)

〈以下省略〉

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